いわゆる清和源氏の出自について異説があるが、その一つに
陽成源氏説がある。これは、清和源氏の祖とされた経基王が陽成天皇の皇子・
元平親王の皇子ではないかとする説である。これは明治の歴史学者
星野恒の唱えたもので、明治30年代に
石清水八幡宮祠官田中家文書の中に
源頼信が
応神天皇陵に納めたとされる
永承元年(
1046年)告文に「先人新発其先経基其先元平親王其先陽成天皇其先清和天皇」と明記してある事を根拠としたもの。然しこの文書は写本であり、告文の裏面に校正したと但書きがあることから信憑性が疑われている。また、告文の内容は河内石川庄の相続順序に過ぎないとする説や、12世紀はじめに書かれた
大鏡が武家源氏を清和天皇の末としている事もあり、清和源氏が正しいとする学者が多くいる。