若い頃は
村役場の職員や
小学校の教員を務めた後、20歳で
陸軍教導団に入り、
陸軍士官学校(旧8期)、
陸軍大学校(8期)を経る。
日清戦争に従軍。その後、ロシアに留学した。
ロシア留学時代は
正教に入信し、日曜毎に知り合いのロシア人を誘って教会へ礼拝に行くなど徹底したロシア研究に専念した。また、地元の
連隊に入隊して内部から
ロシア軍を調査した。このため日露戦争前は陸軍屈指のロシア通と自負していた。長州閥の後ろ盾もあったが、軍人としては極めて有能であった。しかし、同時期ロシアに留学していた海軍の
広瀬武夫と一緒に酒を飲むと強硬な開戦論を叫ぶなど、一本気で短絡的な性格であった。