大本営は検討の結果、連合軍の本土侵攻を遅延させ、その間本土の作戦準備態勢を確立するために『帝國陸海軍作戦計画大網』を
1945年1月20日に定め、本土決戦への準備が進められていくことになる。この作戦計画は、「前縁地帯」つまり千島列島、小笠原諸島、南西諸島の沖縄本島以南、台湾などの地域に米軍が侵攻してきた場合、出来る限り抗戦して敵の出血を図りつつ、軍備を整え、日本本土で大決戦を行うという海軍の
漸減迎撃戦略(凡庸艦である駆逐艦や潜水艦、航空隊で敵艦隊にダメージを与えつつ、日本近海に引き付け、艦隊決戦を行い勝敗を決するという
大艦巨砲主義の戦略)が採用された。ちなみに、この計画大網で同時に立案された海軍案も裁可され、これは
天号作戦(千島・小笠原・沖縄以南の南西諸島・台湾が対象地域の作戦)と呼称されている。