時枝は植民地朝鮮の日本語普及にも関与し、皇民化政策の時期には「韓国併合という歴史的な一大事実」の完成を名目として、朝鮮人に対し朝鮮語の完全なる廃棄と日本語の母語化を求め
[「朝鮮に於ける国語-実践及び研究の諸相」p12、時枝誠記著、1943年]、さらにその具体的な方策として朝鮮人女性への日本語教育を重点的に行うことを訴えた
[「朝鮮における国語政策及び国語教育の将来」p62、時枝誠記著、1942年]。時枝の弟子の中には朝鮮における皇民化教育に関与した森田梧郎などが知られている
[「植民地のなかの『国語学』」p146、安田敏朗著、1998年]。