女性の名前はすべて「女子」とのみ記されているため、女性の名前や生没年を調査する場合は、別の史料との比較が必要とされる。江戸時代における大名・旗本の履歴や家族構成を調べる上での基本史料であるものの、正確に実態を記しているわけではない。例えば、幕府に出生を届けられなかった子女(主として早世した者)は記載されていない。また、当主の出生年(
官年)は、相続時における減封などの処罰を避けるため、実際よりもさかのぼっていることが多い。
寛永諸家系図伝では、記録を提出した家によって兄弟姉妹の配列順が不統一であるが、寛政重修諸家譜においては、兄弟姉妹を長幼の順に並べ直す方針がとられた。しかし、寛永諸家系図伝の編纂時から歳月を経ていることもあり、完全には修正されていない。