正式な政党名としての「共産党」は、第一次世界大戦と
ロシア革命の過程で、
ロシア社会民主労働党左派の
ボルシェビキが改めて自らを「共産党」としたことに始まる。大戦後これにならって、各国の社会民主党他の左派が分離して「共産党」を結成するとともに、自らを「共産主義者」「マルクス・レーニン主義者」と規定して「
社会民主主義者」と対置した。以後、国によって事情は異なるものの
[アナーキズム、アナルコサンディカリスムが左翼政党、労働運動の中で大きな勢力を占めた国もあった。]、多くの国で社会民主主義政党(社会党・社会民主党・労働党
[当然ながら、後述する共産党が改称した「労働党」ではなく、社会民主主義政党としての「労働党」。])と共産党が
左翼政党の2大勢力となった。
1956年の
スターリン批判と、それに続く
中ソ対立に影響されて各国共産党から分裂して形成された政党は、しばしば自らの正当性を主張して分裂前の所属党名をそのまま用いたので、これらの政党を主流派の「共産党」と区別するために、「共産党」に続いてその立場や経緯に応じて「左派」「中国派」「毛沢東主義派」、または指導者や機関紙名等を付した呼称が用いられる。また、これらの政党のうち
中国共産党または
アルバニア労働党に近い立場をとった共産主義政党は、「共産党(マルクス・レーニン主義 - 略称ML)」と自称する場合もあった。