『
日本書紀』などの天皇系譜から「讃」→
履中天皇、「珍」→
反正天皇、「済」→
允恭天皇、「興」→
安康天皇、「武」→
雄略天皇等の説がある。このうち「済」、「興」、「武」については研究者間でほぼ一致を見ているが、「讃」と「珍」については「宋書」と「記紀」の伝承に食い違いがあるため未確定である。他の有力な説として、「讃」が
仁徳天皇で「珍」を反正天皇とする説や、「讃」は
応神天皇で「珍」を仁徳天皇とする説などがある。「武」は、
鉄剣・鉄刀銘文(
稲荷山古墳鉄剣銘文 獲加多支鹵大王と
江田船山古墳の鉄剣の銘文獲□□□鹵大王)の王名が雄略天王に比定され、和風
諡号(『日本書紀』大泊瀬幼武命、『古事記』大長谷若建命・大長谷王)とも共通する実名の一部「タケル」に当てた漢字であることが明らかであるとする説から、他の王もそうであるとして、「讃」を
応神天皇の実名ホムタワケ
[和風諡号『古事記』品陀和氣命、『日本書紀』譽田天皇。『日本書紀』一伝に笥飯大神と交換して得た名である譽田別天皇、『播磨国風土記』品太天皇、『上宮記』逸文凡牟都和希王]の「ホム」から、「珍」を
反正天皇の実名ミヅハワケ
[和風諡号『日本書紀』多遅比瑞歯別尊、『古事記』水歯別命]の「ミヅ」から、「済」を
允恭天皇の実名ヲアサヅマワクゴノスクネ
[和風諡号『日本書紀』雄朝津間稚子宿禰尊、『古事記』男淺津間若子宿禰王]の「ツ」から、「興」を
安康天皇の実名アナホ
[和風諡号『日本書紀』穴穂天皇。穴穂皇子]の「アナ」を感嘆の意味にとらえたものから来ている、という説もある。しかしながらいずれも決め手となるようなものはなく、倭の五王の正体については今のところ不確定である。