この条約によってバルト海の覇権を失ったスウェーデンでは、大北方戦争中に
カール12世が戦死していたこととあわせ、国王の権威を低下させた。そのため
王権の制限が進められ、
絶対王政下における大国主義から、いわゆる「
自由の時代()」へと移行することになった。一方で、新たにバルト海の覇権を握ったロシアは、ヨーロッパ政治における存在感を強めた。ヨーロッパの主要国はロシアに外交官を常駐させるようになり、国際政治において対ロシア関係を無視することができなくなった。国内でも
ピョートル1世がその威信を強め、ロシアの「
元老院」から「
皇帝」「
大帝」などの称号を受けることになった。